あなたはいま、癒されている。
けれど、生きなおせてはいない。
涙が流れた。心がほどけた。
それはたしかに、必要な時間だった。
痛みの渦から救われて、「大丈夫」と言ってくれる言葉に出会った。
でも・・・
それから、何が変わった?
世界は動いたか?
選べるようになったか?
それとも、また似たような場所で、
似たようなセッションを繰り返していないか?
あなたはまだ、癒され続けている。
そしてその癒しは、あなたが目覚める前に、あなたを眠らせている。
それは、あなたのせいじゃない。
でも、誰のせいでもない、わけでもない。
誰かが言葉を使い、癒しを使い、
あなたの主導権を静かに奪っていった。
依存させ、信じさせ、選べない人をつくるために。
そういうスピリチュアルが、いまの世界に、あからさまに蔓延している。
だから、目を覚まそう。
「誰のせいでもない」という言葉に眠らされる前に・・・。
スピリチュアルとは、本来、魂が世界とつながるための「地図」だった。
あなたが意識の奥で感じた違和感や痛みは、ただの幻想ではない。
それは、「このままでは自分を生ききれない」という魂からのサインだ。
だがそれを
「ブロックです」
「前世のカルマです」
「宇宙の采配です」
とすり替えられたとき、
あなたの違和感は「商品」にされてしまう。
気づいて癒されて、
また気づいて、
また癒されて・・・
それはまるで、魂のルームランナー。
走っているようで、どこにも進んでいない。
ここで立ち止まって、たずねてほしい。
あなたが手にしているその地図は、誰が描いたものだろう?
道が細かく書かれていても、進めない。
どこへ向かうかが示されていても、歩き出せない。
それは本当に、あなた自身が選んだ地図だろうか?
それとも、「癒し」の名を借りて誰かに渡された、偽の地図ではないか?
魂には、正しい地図が必要だ。
スピリチュアルは、
あなたがこの世界の「仕組み」を知り、選べるようになるためにある。
信じるためではない。
進むために、必要なのだ。
でも、地図がどれだけ正確でも、移動するのはあなた自身だ。
見るだけでたどり着ける地図など、どこにもない。
だから、選べ。
いまこの瞬間から、あなたの意思で、世界を再選択せよ。
願いを込めて、あなたへ届ける。
信じるな。見抜け。そして、選べ。
世界は、信じる者に与えられるのではない。
選びなおした者にだけ、ひらかれる。
あなたの魂は、もう動いていい。
誰かに渡された地図ではなく、
あなた自身が描いた地図を持って。