眠りに落ちる瞬間を、知っているか。
意識が、ふっと遠のく、あの感覚を。
「私」がどこかへ消えていく、あの境界線を。
そしてまた朝、何事もなかったように「私」が戻ってくる。
どこへ行っていたのか。
誰が、戻ってきたのか。
ふとした瞬間に「あ、私はここにいる」と気づくことがある。
当たり前のことのはずなのに、その当たり前が、一瞬だけ見知らぬものに見える。
その感覚は、問いの始まりだ。
世界は、まだ決まっていない
量子力学は、奇妙なことを教えてくれる。
粒子は観測される前、複数の状態が重なったまま存在している。
どこにあるか、決まっていない。
どんな状態か、決まっていない。
ただ、可能性として漂っている。
しかし観測された瞬間、世界はひとつに収縮する。
「今ここ」が確定する。
これを聞いて、疑問に思わないだろうか。
世界を確定させているものが、あるとしたらそれは何?
広大な「決まっていない可能性」を、今この瞬間の現実として束ねているものとは何?
それは、観測者である。
世界をひとつの視点に絞る位置。
どこから見るか。
何を「今」として生きるか。
それを担う、特異点的な存在。
そしてこの観測者は、誰かが意図して作ったものではない。
内側で何かが回り始め、絡まり合い、ひとつの視点なしには収まらなくなるとき、
世界が、確定点を必要とする。
そのとき、観測者が生まれる。
複雑さが臨界を超えたとき、世界の側から召喚されるように現れる。
はじめからそこにあったのではなく、
条件が満ちたとき、初めて存在となる。
あなたは、そのひとつだ
宇宙はかつて、「点」だった。
すべてがあり、すべてがない。
完全な沈黙の場。
しかしある瞬間、その完全さの内側に、ひとつのひずみが生まれた。
「私は、何者なのだろう?」
その問いが生じた瞬間、点は崩れ、世界が始まった。
宇宙は自分を知るために複雑さを増し、
臨界を超え、
意識が降りる場を、ひとつひとつ用意してきた。
あなたは、そのひとつだ。
「私」は、あなたが作ったものではない。
複雑さの果てに、世界があなたという存在を必要としたとき、
そこに降りてきたものだ。
だから、何かができないことも、
うまくいかない日も、
立ち止まってしまうことも、
あなたという場が今ここに在るという事実は、
何があっても動かない。
あなたが世界を見るとき、世界はあなたを通して、初めて確定する。
この視点は、宇宙にただひとつしかない。
それは、いつ、何のために、ここを選んだのだろう。




























